2015年10月23日金曜日

心地よさの正体

化学は農薬を産み出すが、それを使うなとは言ってくれない。
-映画「ジュラシック・パーク」より

こんにちは
パチンコの話をしてしまったのでこういう話もしてバランスを取っていきたいと思います

先日カウンセラーをやってる女性と飲みに行って来ました、カウンセラーの人って育ちがいい人が多くて個人的に少し苦手なんですけど、彼女はまぁそんな事もなく普通に下ネタとかアレな話とかしてました

今こうして考えると、相手を観察する余裕があるということは自分もリラックスできていたのでしょうね

会話をしていてふと気付きました、話題自体はいつも通りくだらないものだったんですが、その会話というか彼女といる空間がとても心地よいものだったんですね、まるで温泉に浸かっているような、クタクタに疲れた状態でベッドに飛び込んだ時のような…
そのことには触れずに少し自分なりに考えながら会話を続けていました

この気持ちよさは何だと思って自分の中を探っていくと、多分恋ではないし、会話の内容自体はくだらないもので、こういう職業の人もゲスい事考えるんだな~という発見がありましたが、そこに心地よさを感じたわけでもなさそうで…

彼女は椅子に深く腰掛けながらしゃべる人で、しゃべる早さや話題の振り分け、視線の振り方や相槌のタイミングなんかがすごく綺麗で、さすがに話すことを生業にしている人は違うなーなんて思ってるくらいだったんですが、そこに知らずに呑み込まれていたわけですね

恐らくこの居心地のよさは、彼女の職業柄培われている「話を聞く技術」 のところから出ているのだと、だとすればこの気持ちのよさは自然に発生したものではなく、彼女の持つ技術によって生み出されたということで、自分が操られているというか、ゲームに負けた時のような感覚を覚えました

椅子に深く腰掛けて、落ち着いた声のトーンで整然としゃべり、会話のターンも恐らく均等になるように考えている、 視線は常に目を見ているわけではないが、目から逸れた視線は興味のなさを示すものではない、というか伝えたいことを喋っているときは必ず目を見ている、相槌は早くもなければ遅くもない、わからないことはすぐに質問をして、内容を理解しようとしてくれる…

こうして文字にしてみると、心地よさを感じない方がおかしいような内容ですね
とにかく、自分が身体の動きや声のトーン、目線とかでコミュニケーションを制しようと普段から考えているのに、そういった事に意識がいかないくらい見事な所作に呑み込まれてしまったことに驚きを感じました



雰囲気という言葉がありますが、人によって雰囲気とは確実に違います、そして雰囲気というものはふわっとした言葉ですが、それは脳が相手の肉体や声のトーン、服装、年齢、話す内容など、受け取った情報を雰囲気として処理しているということで、ひとつひとつの要素には必ず差があると思います

誰もがほぼ無意識の中でコミュニケーションを取っているのに、意図的に自分が発する情報を操作することで相手の印象を変えられることというのは良く 考えると恐ろしいことです、自分が選択して選んだと思っているものは、もしかしたら相手がそのように操作しているものかもしれません

今それに気付いたということではなく、自分はある程度その事を知っていてそれを使っているつもりだったのに、相手の術中に飲まれていることに恐怖を覚えたわけです


グラスの向かい側を見ると、彼女は何も言わず、こちらを見つめていました
自分が口元を手で隠し、驚きを隠せない様子をしていたので、彼女も察したのでしょう



「疲れないですか、それ?仕事でもそれやって、今も…」
「なんで?仕事のときと今は全然違うじゃん。仲良くしたいと思ってるときにそれを使って何がいけないの?」
「…」
「自分が仲良くしたいと思っていても、相手に伝わらなければそれは何もしていないのと同じだと思わない?」
「それはそうですけどね…」
「いま怖いと思ってるでしょ。あたしが。」
「そりゃそうですよ」
「なんでか教えてあげようか。それは橋本くんがコレを、怖がられるような事にしか使えないからだよ。だから自分がされそうになってビビってるの。でもね、コレの使い方って、それだけじゃないと思うよ。」


そう言われましたが、自分の中に言い返すほどの偏屈さも、素直になる正直さも持ち合わせていなかったので黙って俯いていました

一息ついて顔を上げると、彼女と視線が合いました

「そんな顔しないでよ。読み取られて真っ青になってる橋本くんも嫌いじゃないよ、あたし。」


そして、自分は水滴だらけになったグラスを握って、




恥ずかしくなってきたのでやめます それではまた。

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